本日のWBC準決勝、侍ジャパンは惜敗でしたね。
でも、これだけ善戦すればリッパなものです。
特に菅野投手が素晴らしかったですね。
アメリカの名将リーランド監督も褒めていました。
この監督は日本で言えば野村さんみたいな人で言葉に重みがあります。
あとは自分でミスを帳消しにした菊池選手のみごとなホームラン。
ほかの選手は全体に淡白でしたね。
菅野・千賀・菊池の3人はメジャーでも十分やっていけると思います。
藤浪選手などもっと出番があってよかった選手に、なぜか機会が与えられないのも心残りでした。
さて、今回からは慣用表現についてです。
『似て非なる言いまわし 慣用表現の乙な味』(現代言語セミナー 東洋経済新報社)がテキストです。
まずは「言いまわしは似ていても意味が大きく違う」シリーズから。
「白羽の矢が立つ」と「槍玉に挙がる」
白羽の矢が立つとは、複数の候補者の中から選ばれることで、「こいつならやってくれそう」という期待をもたれたという意味です。
仕事上で、特命を受けるみたいな感じなので、おおむね喜ばしいことです。
逆に槍玉に挙がるとは、バッシングの対象になるということです。
もともとは「槍玉に挙げる」が「非難する・責める」という意味で、その受身なので、正しくは「槍玉に挙げられる」になります。
いまふうに言えば「炎上」に近いですかね。
もっとも、「白羽の矢」というのも、本来は言われてあまりうれしい言葉ではなかったようです。
神がいけにえを求めて、そのいけにえになる者の家の屋根に白羽の矢を立てたというのが語源とされているので、どうなんでしょう。
そこから神から選ばれたという部分だけ残って、現在の意味になったので、受け手によっては失礼にあたるかもしれません。
あまり目上の人には使わないほうがよいです。
本当はなりたくなかった生徒会長になったとか。そういうときに「白羽の矢が立つ」と使うと実に合ってます。
これは狭義な慣用表現といえるかも。